桜の話
福島も含め、全国47都道府県から桜を集めて、一か所で同時に咲かせようというプロジェクトがあるそうです。
去年の桜を、心から楽しめた人はきっとほとんどいないでしょう。
見たくても、見れなかった人もいる。
ご飯がおいしいとか、
花が美しいとか、
景色がきれいとか、
そういうのは誰でも感じることのできる感情で、バラバラに生きているみんなが一つのことを考えられるときなんだよね。
そういう場所から始まるものもあるでしょうと、全国から桜を集めていた。
なるほど、いつもはバラバラの行動や思想を持っている人たちが、一つのことを一緒に行うことで、何か同じ気持ちを共有できる、それは、その場にいる人全員が共有できることだと、そういう考え方にとても共感しました。
去年は、不謹慎とは思いながらも、部活のメンバーで桜を見に行きましたが、まだ咲いておらず枝を見ながら過ごしました。
なんか懐かしいなぁ。ぽかぽかしてて、すごく静かな雰囲気だったのを覚えてる。
今年の花見は賑やかだろうなぁ。
勉強の話
弟がしきりに勉強したいと呟くので、論語の話をしました。
弟は世界史に詳しいので焚書坑儒の話をしてもしっかりついてくるし、話しているこっちが恥ずかしくなることも、しばしば。
まぁ、僕があまりにも史学に関して無知なのですが…。
軽く説明をしただけなのにだいぶ興味を持ったみたいで、こいつの心を動かす何かが論語の中にあったのかとも思いましたが、これが本来の「勉強」の姿勢なのだと実感。
やはり、塾や予備校ではもちろん、義務教育では教えてくれない分野の勉強には、何かすごく大きな力があるのではないかと思います。
まるで、今までドッグフードばかり食べていた犬が、人間の食卓の味を知ったような、そんながっつきっぷり。
これが学ぶ姿勢なのだと思った。
一度これができれば、学びにさしたる障害はなく、様々な分野において自分の力で学び続ける力になると思う。
それを、義務教育では教えるべきなのかも、と思う。
花粉症の話
火曜日あたりから花粉症が本当に酷くて、水曜日のバイト直前にかかりつけの医院に行きました。
院長は不在で代行の医師が診察を担当していたのですが、そこでの話。
30分ほど待って呼び出されたのですが、僕が席に着く間もなくその(代行の)医師が「あー花粉症ね、去年と同じ薬で良いのかな?」と一言。
あっけにとられました。それを知りたくて来てるんです。
患者が求めているのは必ずしも薬ではない、少なくとも僕は。
それをこの医者はめんどくさがりなのかせっかちなのか、コミュニケーションが嫌いなのか、この対応。
礼儀というか、マナーが少し悪いような…。
同じことを言うにも「まだ分かりませんが、去年のお薬で様子を見てみましょうか」とかね、言いようがあるんじゃないかと思った。
まさか診察ミスを恐れて全ての判断を患者に丸投げしているのかと思い、席に着いてから落ち着いてもう一度聞いてみました。
すると、医者は「去年出した花粉症の治療薬で良いんですよね?」と言う。
知らないよ。患者に聞かないでください、そういうことは。
と思い、僕は「薬のことは良くわかりません。」という。
しかし医者はかたくなに薬の話を繰り返す。症状すらも聞かれないし、診察ではないと思った。
僕は諦め、とりあえずその薬を処方してもらった。
結果論からいえば、ちゃんとある程度効くし、すごく眠くなる(これは事前に言われていたから問題なし)くらい。
しかし、第三次産業に従事している人として、これはマナーに問題があるのでは…?というもやもやが残った。
言葉巧みにそれらしく説明して薬を処方すれば、幾分安心できるというものなのに…
それとも、世の中は、とりあえず薬を!という傾向なのだろうか。だとしたらこれはちょっとまずいんじゃないかと思う。
診察料とってるんだから、診察ちゃんとやってください、ということ。
縁の話
僕はとにかくおしゃべりだ。
ローソンでバイトをしていても、近所に住む(直接は知らない)お客さんと話しこんでしまう。
部活で申請書類を学生課に提出する時も、学生課のお兄さんと(施設課は堅くるしいだの、あーだの、こーだの)話しこんでしまう。
初めて行く土地でも、親しい間柄のように、挨拶を交わし、場所や方向を聞いたりする。
6年ぶりに会う友人とも、まるで時間の流れを意識せずに近況とかを話し合える。
でも、これは普通だと思う。
昔であっても、どこかで結んだ縁は切れないもの。
場合によっては、会った瞬間に「こいつとは一生の付き合いになるな」と、深い縁を予感したり。
縁は不思議で、面白い。
例えば、縁ある人物と、突然食事会を開いて見たら、すごく楽しい話し合いの場になったり、知的好奇心をくすぐられるような学問・文化と出会ったり、魅力的な人物と出会ったり、することがある。
こういう時は、自分の世界が広がって教養がついた気分になる。
教養は次々に他の教養を呼ぶから、忙しいんだけど、楽しい。
今日は、こんなことがあった。
すでに引退している部活での照明操作の経験を買われ、機械工学系の後輩を通じて、精密工学の学会で照明のバイトを頼まれた。
その打ち合わせが少し難航した時に、「それは僕から知り合い(学生課のお兄さん)に話してみますよ。」と言えた。
学生課のお兄さんが担当の先生に、「彼が詳しいので…(うんぬん)」と、僕を頼りにしてくれたのは本当にうれしかった。
人生、何が役に立つのか、全然分からないものだね。
実学ばかり学ぶのでなく、まんべんなく経験積むのが良い。
君子は器ならずということか。
料理の話
夕方6時頃、親父がちょっと歯医者へ出かけた。
母はあと1時間は帰ってこないだろう。
弟もいるし、よし、夕飯を作ろう、と決めた。
メニューはぶりの照り焼きと、タマネギと卵の炒め物と、じゃがいもの味噌汁と決めた。
しかし、料理の経験があるわけではなく、昼ご飯にチャーハンとか、野菜炒めを作る程度。
なるようになるだろうと、とりあえずお椀に4杯、水を汲んでのお湯を沸かす。
タマネギ3つ、じゃがいも2つを洗って切る。
タマネギは2つで良かったと切った後に反省、すごい量のタマネギになってしまった。
沸いたお湯にじゃがいも投入し、卵を2つ溶いて、照り焼きのたれづくり。
醤油とみりんとお酒を50mlづつ。
じゃがいもを食べて柔らかくなっていることを確認し、わかめとダシを投入。
みそを溶いて味噌汁完成。ここで、ぶりを買って帰る母を待つ。
ぶり到着。
ぶりは強火で両面を焦がし、たれをかける。
たれが泡立ち、量が半分くらいになったら裏返し、弱火、仕上げは余熱。
油を敷いた中華鍋にタマネギ投入。強火で炒めてうっすらきつね色にする。
溶き卵投入。本当は醤油を入れると良いとか。
胡椒と塩で適当に味付けをして完成。
反省点は多々あるものの、一応今夜の夕飯はおいしかった、結果オーライ。
終わりに
今日はとりとめもなくドガーっと語ってしまいました。
これはやはり自己満足で、その時の勢いで書いているので、気を悪くされた方には謝罪いたします。
もし意見や感想などありましたらTwitter(@whisky_sky)の方へ連絡頂けたら嬉しいです。
長くなりましたが、今日はこのあたりで。