リューダ晩餐会

リューダ晩餐会

おれらのリューダ祭の子どもたちを集めて、今後のリューダについて話し合ってみました。
議題は、今年のおれらのリューダ祭の活動について…
なんて言うと議題が重すぎてみんな腰が引いてしまうので、これからのリューダについても、自由参加!
来れなくてもいいけど、来たくなっちゃうよっていう場所を作ろう!
そんなスタンスでやりました。

つまり、どんなことをしたらそんな場所が作れるかっていうところを掘り下げてみました。

みんな、リューダが無かったこの3年間くらいをどう過ごしていたのか、それも気になっていたので聞いてみると、
ピアノ、バンド、作曲、陶芸、ギター、デザイン、書道…などなど。中には音大目指してるのもいたりと…

ははぁ、ナカジーの影響受けまくりだなぁと、にんまり。

リューダの芸術監督だったナカジーは、蛇喜猫賀というユニットで作曲・演奏をしていた。
三味線、ドラム、のど、身体の使い方まで幅広くいろんなことを知っていて、その空間を操る。
中国や沖縄の歴史や音楽にも詳しくて、鶴ヶ島市の学童保育の創設にも関わっていて、ものすごい教養が見え隠れしていた。
絵もうまいし、字もうまい。キャッチフレーズは気持ちがいい。
ナカジーはリューダをデザインした人だ。

みんなの中にいろいろなナカジーを発見して、自分の中にもいつの間にかナカジーがいることに気づいて、なんかすごく不思議な気分だった。
みんなの中にあったのは、かつてナカジーが率いていたリューダのような、とても自然な状態の気持ちの良い身体や気分。
歩いたり、声を出したり、歌ったり、遊ぶこと、生活することが楽しくてしょうがないような、そんな空間を作りたいという気持ちだと思う。

リューダどうしようかい

でも、本当に、リューダどうしようかい (笑)
リューダって、たった一つのルールしかない集団。

・ 子どもによるまつり「おれらのリューダ祭」を作る。

ということ。
もうだいぶ大人になってしまった僕らが「祭の主役」としてそれをしていけるのか、
それとも僕らは「後継」を育てるためのナカジーなのか、
目的も何も全然違うリューダを作るのか、
それはまだ分からない。

ちょっと切実な問題だし、もう3年もたったらこのメンバーにも社会人が増えてくる。
ちょっと先を見つめながら、ゆっくりリューダの進む先を考えないといけないな、と思う。

僕は、うわべだけのナカジー役をやろうなんて思っちゃいない。
自分が楽しめなくなって、義務感で動くようになったら、リューダじゃないと思うし、僕もやっていけない。
自分の心から、身体から、その空間を求めるような、そういう空間を作りたいと思う。

まぁ変に気負わずとも。やるだけやってみようか。